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てっぽうのページ

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九七式狙撃銃

 

 

日本製:無可動実銃

本稿のレポート、写真は全て「ありさか」さんのご提供です。

今回紹介します九七式は、今から十数年前に入手したものです。当初、照準眼鏡はなく、単なる「小銃」でした。本来あるはずのスコープのストッパーも折り取られており、完全な状態ではありません。菊の紋章が削られていることから、日本軍によって武装解除した銃だと思われ、この視点から考えてみると、狙撃銃、という性質からスコープ周辺のパーツをわざと破壊し、スコープを除去して米軍に渡した形跡が見受けられます。画像の2丁とも同じ状態でしたから、きっとまとまった数がこのように処理されたのかもしれません。

しばらくは単脚もなく、スコープもなく、ボルトハンドルの曲がった三八式、みたいな雰囲気でしたが、タナカのモデルガンのスコープをキャストでコピーし載せていました。遠くから見れば問題ない?状態でしたが、昨年、念願の照準眼鏡を入手し、載せることができました。が、見ての通りつぶれたジャンク状態のシロモノ・・・。きっと、銃本体同様、軍が終戦にともない、光学兵器の処分を行った形跡だろうと思われます。ところがこのシロモノのすごいところが、ここまで無残な姿でありながら、少しのカビ、曇りもなく、覗けばきれいなレティクルが見えます。日本の光学技術の高さを実感できるシロモノでした。本格的なコレクターさんの元には、きっともっと状態のよい物があるのでしょうが、私にはこれでも宝です。

そして、今年に入って、これまた念願の単脚が手に入りました。といってもこれはアメリカ製のレプリカです。でも新たな発見としては、このレプリカがアメリカから送られてきた状態で、無修正で取り付けられたこと、です。一般的に、日本の銃器製造における公差の概念は九九式開発において試みられた、ことが広く知られていますが、これは誤りだと思います。このパーツひとつをとってみても、アメリカのコレクターの元にある銃を参考に製造したであろうパーツが、寸分の狂いもなく装着できる、事実から、すでに高い精度で工作されていたことが分かります。これには本当に驚きでした。かなりガリガリやる予定でしたので・・・。

さて本題に入ります。全体のサイズは三八式とまったく同一です。一緒に並べてあるのは、九七式と同じ、小倉工廠製の三八式です。機関部の仕上げは、レシーバーが青染め、ボルト本体部分が白磨き、リヤサイトスプリングと、ボルトストップ、トリガーがストローフィニッシュで全体的に非常に丁寧に作られています。とにかく仕上げは美しく、まさに兵器が芸術品であった時代の産物でしょう。

ボルトハンドルはスコープに干渉しないように曲げられていますが、2丁を比較すると、ハンドルの長いものと短いものがあったようです。長いものは、各種文献や「武器庫」さんなどで取り上げられています。
短いものは、タナカのモデルガンの九七式のようです。

単脚は九七式独特の形状で、なんとも言えない曲線で構成されています。レプリカですが本物そっくりです。これを送ってくれたアメリカの方は、九九式の単脚も製造しているそうです。

九九式は予算の関係でKTW製を並べてありますが、九七式のスマートさが伝わるのではないでしょうか?

近いうちに、スコープのレティクルの画像を撮って送りますね。

 

 
 
 
 
       
 

 

 

<kのコメント>

九七式という、三八式歩兵銃を元にした狙撃銃がある・・・と知ったのは、KTWの九九式を買って、俺的第3期のてっぽ蒐集期に入った頃である。ということは、今から3〜4年前?・・・このときまで、九七式狙撃銃の存在を知らなかった俺、迂闊では済まされない体たらくだ。こんなおのぼりさんが曲銃床を語るな!!旧帝国陸軍の小銃を語るな!!と。自分で自分を叱っておきました。

ボルトアクションって、元々1発ずつをじっくり狙って一発必中を期す銃なので、生まれた瞬間から狙撃銃に転職する資格ありだ。又、銃身が長くてすらりとした銃は、その要素だけで狙撃銃の資格有りだ。故に、元々すらりとして長く、命中精度も優れていた三八式は、生まれた瞬間から狙撃銃たることを運命づけられたサラブレッドである。

しかもそれだけではない。狙撃銃最大の特徴であるスコープ、いや、照準眼鏡なのだが、これがまたかっこいい。胴体は単純な円柱・・・筒。多少テーパーがついているようだが、それがどうした!!的な単純な筒。その先端は突如とぎれ、銃との結合部前端より短い。某映画「雷安坊やを捜せ」に登場する「いかにもめちゃくちゃ命中精度に優れていますよ!!」的な超長くて細くて先端太くなって対物レンズでかそうな的な演出を、根本から否定、「対物レンズでかくないが、それがどうした!!」的な潔さ。その反対側、接眼レンズの方は、一応アイピース風のものは許すにせよ、「これ以上演出してたまるか!!」的なシンプルさ。商業主義的な「当たりますよ!」的演出を全て否定、「これが自分の道具っス。・・・いえ、自分、プロっスから。」のような。

しかもしかもしかもですね、あり得ない!ことに、オフセットしてる。銃弾は重力方向に対して放物線運動する。これは常に一定の放物線となり、重力以外の要素がなければ、重力方向に対して垂直方句・・・水平方向にはずれは生じない。通常、左右のズレを発生させる要因は風である。だから風を読むことは、狙撃手にとって最大の仕事となる。狙撃手は目標までの距離を読み、銃の上下方向の角度を決める。その次に風を読み、左右方向のズレ修正を行う・・・これが通常なのだが、照準眼鏡がオフセットしている場合は、これに加えてオフセット分の修正が必要になる。このオフセット分の修正、ちょっと考えれば「左へオフセットしてる分だけ、銃口を左へ向ければいいだけッショ?」と考えるのは素人の浅はかさ。距離によってオフセットの修正値は異なる。・・・なぜこんな狙撃手泣かせの照準眼鏡造るのか?・・・「いえ、自分、プロっスから。これが自分の商売道具っスから。」、泣かせるね!!

しかもしかものしかもづくしで、オフセット照準眼鏡はまともに頬付けできない!!頬を銃床に固定させて、狙撃に必要な「不要可動部分の減少」が図れない。右頬は空中に浮いたままで、首の筋肉に極度の疲労を強いる。首は痛くなるし、ねらいに神業的修正述が必要・・・そこまでしてプロに自分の仕事をさせたいのか?・・・「いえ、自分、プロっスから。どんな状況でも当てるのが、自分の仕事っスから。」・・・どこまで狙撃手にイバラの道を強制するのか!旧帝国陸軍!!

なんかこの銃見てたら、旧帝国陸軍の狙撃手の生き様が見えてしまった。不平を持たず、おごらず高ぶらず、日々ひたすら精進して、己の仕事を黙々とこなす・・・「自分、不器用っスから」某ポッポ屋かお前は!!かっこよすぎだぞお前!!的な。男が漢に惚れるって、こういうことなんだろうな。

実は最近、旧帝国陸軍の小銃を手にすると、神々しさのようなオーラを感じる。「兵隊は技能職。とは言え、職人芸までは期待しない。だから、一杯撃って、数発当たればよい」とする米国哲学に対し、「兵隊は技能職。だから日々の厳しい鍛錬によって、全て兵隊は最高技能を有する職人たるべし!」とする旧日本哲学で造られた銃たち。「天皇陛下から賜った銃」という考え方は、ものを大切にしろ!という意味よりも、「神聖な自分の兵隊としての仕事。その仕事道具も当然神聖。」という考えだったのではないか。だから兵器としては異例の「職人芸」による逸品ぞろい。ありさかさんもおっしゃっている「すでに高い精度で工作されていた」は、単なるマスプロを意味するのではなく、「職人芸でありながら、公差をも克服するレベルであった」という意味だと解釈する。銃を扱う兵隊が高度な職人なら、その銃を製造する側も又、高度な職人だぞ!と。なんという職人王国だったのか、大日本帝国!! なんか異様に感動する。同時に、レプリカとはいえその「高度な職人が、かつて思う存分職人の腕をふるった作品」を手にすると、「オイオイ、俺にはこれを手にする資格があるのか?」と一瞬感じてしまう自分がいる。別の言い方をすれば、「手にすると、自分自身の人間としての小ささを感じさせられてしまう」というかw 帝国陸軍、恐るべし!!

ありさかさん、いつも素晴らしい銃をご紹介いただき、ありがとうございます。三十年式は、自分もタナカに大いに求めたい!!です。南の狭っこい島々での闘いではなく、帝国陸軍が想定した広々とした大陸での戦闘。その戦闘で力の限り戦ったのは三十年式です。たった8年間(38-30=8)しか活躍できなかったと言うより、唯一「本来の想定された戦闘を戦うことができた」小銃だったと思います。これをモデル化しないで、なにが「旧日本軍シリーズか!!」的な。タナカには、まだまだがんばってもらわなければなりません。ということでありさかさん、これからもよろしくお願いいたします。