KTWの三八式手にしたときの第一印象が「長い!」だった。他の印象もあったのだが、とにもかくにも長いと思った。大陸(満州、中国)で戦った兵隊さんのことよりも、南の島で戦った兵隊さんのことのほうが情報が多いので、自分にとって三八式の主戦場は「南の島」。狭いジャングルの中で「広大な大陸を前提とした 、長射程での精度は高いが、長い手動装填銃」を手に、日本軍は戦ったわけだ。一発必中と肉弾格闘戦と少数精鋭が身上だ。相手は半自動ライフル全自動ライフルと短機関銃で武装した米軍(英軍の方は今回無視・・・アジアでは弱かったから)。物量と物量と物量が身上だ。結果、物量が勝った。 日本軍がよく狙って必中の6.5mm弾1発を発射する間に、7.62mm弾と45口径弾が雨あられと降り注ぐわけだ。しかも、同数の敵ではなく、(ほとんどの場合)相手の方が兵隊の数が多い。更に、迫撃砲や戦車や航空支援など、別カテゴリの物量支援もあるわけだ。「単位時間内における弾数の優位」「兵隊数の優位」「別カテゴリの支援の優位」・・・まさに物量の優位。
で、「狭いジャングル内で振り回すことが至難である長い鉄砲」である。この銃を、自宅のすぐ下の竹藪へ持ち込んだことがあるが、地面に対して垂直にしか持ち運べなかった。索敵モード・・・即座に発射可能な腰だめ状態では、移動は不可能だった。同様に、地面に対して垂直の移動モードでは、不意の接敵時に即応(射撃モードへ移行)は不可能だった。まぁ、大半の戦闘が「奇襲」「遅滞防御の待ち伏せ」であっただろうが・・・(これまた悲しい状態)。とにもかくにも、こんな長い銃をジャングルへ持ち込んで命のやりとりするわけだから、よほど強い「この銃が最高」という信頼(思いこみ)がないと、やってられなかっただろう。
松本先生の戦場シリーズ、懐かしい。友人に全巻貸したまま20年経った今でも返ってこないのが悲しいがw あの中のあの有名なシーン、当時の自分にとって衝撃だった。小野田さんの話も被さり(小野田さんは九九短小銃だったが)、1発の重みがあった帝国陸軍のお家事情が分かった気がした。欧米の映画では、とにかく乱射シーンしか観ていなかったが、「1発に自分の命をかける」という戦場の厳しさに接し、それが今の自分・・・ボルトアクション大好き人間となった気がする。日本刀同士の戦い=武士の戦いに通じるものがある気がする。が、所詮武士道も騎士道も鉄砲の登場で過去の遺物になってしまったということは、米ソが「物量に勝る戦術なし」と証明してしまった。命のやりとりをする戦場で、武士道とか騎士道とか持ち込む方がおかしいわけで、それらにあこがれるのは、戦場とは絶対無関係な現代のヲタクたちのみに許された特権か?
mieさん、ありがとうございました。写真、すごすぎ!! 迫力ありすぎ!! きれいすぎ!! 自分の目の前にあるてっぽ、その感動や魅力を伝えるために不可欠な写真・・・自分の未熟さを噛みしめ、少しでもmieさんの写真に近づくように努力したいです。 とは言え、やっぱmieさんの写真すごすぎ!! これからもよろしくお願いします。